ひとりの踊りを、四人で—歌舞伎座『舞鶴雪月花』

雪だるま 観劇

 桜と、松虫と、雪達磨。春と秋と冬が、32分で通り過ぎていきます。

 ひとりの踊り手が三つの役を早替りで踊り分ける、変化舞踊として作られた一曲です。八月の歌舞伎座では、それを中村屋の四人で分けて踊っていました。

公演の記録

 幕見席では、続く坂東玉三郎の地唄舞『雪』『残月』が1枚の券にまとめられていて、あわせて3,000円。前半だけ、後半だけ、という買い方ができます。午後7時の幕なので、仕事帰りでも間に合います。 松竹「一幕見席のご案内」

桜の木の陰で

 上の巻は「さくら」。しだれ桜の向こうから、桜の精が現れます。

 大きな桜の木の後ろから、ひょい、と顔を出す。出てくるところからもう愛らしい。はじめの衣裳は桜色で、袖に八重桜が置いてあります。

 途中で衣裳が替わります。木の陰に半身を隠し、顔と手だけを出す振りがしばらく続いて、そのまま木の後ろをくぐった一瞬で、黄色の地に桜を敷き詰めた総柄になっている。

 あの木陰の振りは愛嬌のためだとばかり思って眺めておりました。下ごしらえだったと分かったのは、木をくぐって、違う色の袖が出てきた後です。仕掛けが振りのなかに紛れ込ませてある。

 替わってからは、都の桜の名所を次々にめぐる詞章です。名所はどこも花の盛りという唄で、衣裳がそれに揃っている。袖の八重桜が総柄になるまで—咲きはじめから満開までが、木をくぐるあの一瞬に畳まれているように見えました。

すすき野に、二匹

 中の巻は「松虫」。秋のすすき野で、親とはぐれた松虫の子が、我が子を探す親松虫と巡り合います。親が勘太郎、子が長三郎です。

 先に目を奪われたのは、二人の背丈の差でした。勘太郎の、大きくなったこと。

 跳ねる振りが可愛い。子だけでなく、親のほうも同じ調子でぴょこぴょこと跳ねます。

 2012年、六代目勘九郎の襲名披露で観たときは、松虫が片岡仁左衛門と孫の千之助でした。情の濃い親子で、虫の命の短さ、やがて来る別れのほうへ目が引かれた記憶があります。光は、松虫そのものに当たっていました。

 今回はもっとさっぱりしています。兄弟が親子を踊ると、こうなるのかと思いました。目に残るのは虫の哀れよりも、湿り気の少ない秋の野の気配のほうです。どちらも秋に似合う。似合い方が、違うだけです。

夜が明けるまで

 下の巻は「雪達磨」。舞台は夜、銀世界に大きな雪達磨がひとつ置いてあります。

 手が出て、引っ込む。足が出て、引っ込む。しばらくそれが続いてから、踊り手が出てきます。

 白ずくめです。真っ白な衣裳に、顔も白く塗り込めて、色があるのは黄色の鉢巻と帯だけ。その白い顔に、雪だるまに描く顔そのものが乗せてあります。眉も鼻も口も黒い棒、目は黒丸。線は本人の目鼻の形からはみ出していて、黒丸の中で、本物の目が動きます。

 炭屋の娘に惚れた、色白で男前の雪達磨という役どころです。色白は、確かにそのとおり。唄が男前のくだりにさしかかると、雪達磨のなりのまま、自分はいい男だという手振りが入る。あの顔で。客席のあちこちから笑いが漏れます。

 同じ襲名披露で観た十八世勘三郎の雪達磨は、もっとおどけていました。ここの勘九郎には、叔父の中村芝翫に似た二枚目が強く出ます。

 幕切れは、夜が明けるところです。溶けはじめたのでしょう、あわてて、まわりの雪をかき集めては体に付けていきます。それでも間に合わず、舞台中央のセリが、ゆっくり下がっていく。溶けまいとするように顔を出し、手を伸ばし、だいぶ下がってからは、もう見えない下のほうで跳ねているらしい気配だけが伝わってきます。ここでも笑いが起きていました。セリが戻ってくると、そこには溶けたあとの雪達磨が置いてあります。

一曲を、四人で

 四人で分けても、早替りは消えていませんでした。上の巻の木陰に、そっくり残っています。

 この舞踊が初めて出たのは昭和39年の歌舞伎座です。十七世中村勘三郎に書き下ろされたもので、「舞鶴」はその俳名。初演では十七世が三役を踊り、松虫の場面だけ、子役だった息子と親子で組みました。その息子が、のちの十八世勘三郎です。

 松虫は、最初から実の親子でした。

 以来この三段は、ひとりで踊りきることもあれば、役者を分けて出すこともありました。今年は、十七世から見て孫が二人、曾孫が二人。四人で、一曲が埋まっています。

観る手段

 今回の上演について、映像での配信・販売の予定は出ていません(2026年8月時点)。今後の上演や配信は、歌舞伎美人の公演情報で確認できます。

おわりに

 32分のあいだに、春が来て、秋が来て、冬が明けます。

 ひとりのために書かれた曲を、いまは孫と曾孫が満たしています。子の松虫の背丈は、来年にはもう違っているはずです。この並びで観られる日は、そう長くありません。曲のほうは変わらずに残って、次に誰が入ってくるのかを待っています。

 千穐楽は8月26日。第三部の一本目、午後7時の幕です。