礎の響 天下の分け目に立つ者-台詞のない関ヶ原で、色が語る

たたまれた紗の羽織 観劇

 結末に触れる話は、後半に畳んであります。そこまでは筋の先を明かしません。

公演情報

言葉を取り上げた舞台

 8月のはじめ、東京芸術劇場のシアターウエストへ出かけました。関ヶ原を1時間、休憩なしで駆け抜ける芝居です。台詞はありません。

東京芸術劇場 シアターウエストの入口

 筋立てには神が出てきます。2026年の東京に現れた伊邪那岐が、現世に退屈して歴史を書き換えようとする。狛犬たちに関ヶ原への介入を命じ、もしあの戦で西軍が勝っていたら、という話です。そして結末は、その日の客席が決めます。

 昨年の第一弾では、会話の場面だけが馴染めませんでした。人が言葉を交わすところで、意味だけを抜いた声が残る。「こんにちは」が「おんいいは」とでも聞こえる、日本語の骨格だけの音です。今回は会話を見せること自体が減り、声は大勢のざわめきに活かされています。宴の場では声が波のように重なり、意味を追わずに聞いていられました。

色が筋を語る

 台詞がなくとも迷わずに済んだのは、色の設計のおかげでした。

 西軍が青、東軍が赤。三成は全身が青の基調で、袴の一部に青の紗。家康は黒と金の総柄。戦装束になると黒い烏帽子に白い鉢巻、赤い陣羽織と鎧が乗ります。平時にはそれがない。まだ牙を剥いていない人として立っているわけです。

 吉継の羽織は同じ紗でも緑が基調で、体の向きが変わると青が滲みます。関ヶ原の場では胴と籠手の青が足される。西軍にいながら、その青は後から付けたものだと布のほうが言っています。直前まで中立に近いところにいた人ですから、腑に落ちる配色です。五助は黄に差し色の緑、籠手に青。主君の緑と、主君の属した陣営の青を、分けて身につけています。

 誰が誰の側かは、着ているものが教えてくれます。筋を追えるか案じている方には、まずこれをお伝えしたい。

背中の合わせ方が、2通りあります

 幕は関ヶ原から開きます。吉継と五助が背中を合わせて立つ。合わせているというより、五助が引き受けている立ち方でした。半歩下がって、主君の死角に自分を置いている。

 三成と吉継のそれは別物です。どちらかが引き受ける傾きがなく、2人ともまっすぐに立ったまま背を預け合う。同じ姿勢が、相手によって別の意味になります。2人の力量が近く、並んで斬り結ぶ場面に対等の間柄という感じが出ています。

酒の席で、扇を開く

 余興で吉継が舞う場面があります。立ち上がったのは、殺陣の延長のような舞でした。手足の運びが太く、腰は据わっているのに、しなりがない。落胆しかけて、そこで気がつきました。史実の吉継は、この頃にはもう病を得ています。舞うどころの体ではないはずの人が、酒の席で立ち上がり、扇を開いている。この舞台の吉継は、そこまで自由なのです。

影として立つ人

 目を奪われたのは服部半蔵でした。跳び、翻り、宙を使う動きのたびに、客席の息が揃います。私の目には全身が黒に見えていましたが、カーテンコールで、腕に赤が1点、胴の黒糸に金が走っているのに気づきました。東軍の赤と、主君の黒金。影に徹しながら、着ているものは家康と揃いでした。

赤と青の紙

 客席が呼ばれるのは、この筋立てのためです。

 開演前に紙を1枚渡されます。表が赤、裏が青。舞台の上で東軍と西軍が着ている、あの2色です。合図で一斉に掲げると、狛犬たちがその場で数え、色つきの板に数字を書いて、客席と舞台の双方へ示します。これが2度。声を出すことも、名を指されることもありません。

 主催の告知によれば、この分岐に仕込みは一切ないのだそうです。狛犬は互いの数字を見ないまま板を掲げ、板の数字が映像を変え、その光が照明を変え、それを確認した役者が初めて自分たちの行き先を知って動き出す。板が掲げられるまで、舞台の上の誰も次を知らないことになります。分岐は4通りあるそうですから、まだ誰も引き当てていない結末が残っていることになります。

 以下、結末に触れる感想は畳んでおきます。私の観た回の筋です。

幕が下りてからの話

 まずは、寝返りの話から。

 西軍から東軍へ転じる場面は、殺陣で語られます。青い胴に、赤い手形がひとつ。手のひらの形から下へ、引きずったように伸びていました。付いた瞬間は見ていません。返り血なら飛び散るはずですから、あれは誰かが掴んだ跡でしょう。

 この舞台に小早川秀秋は出てきません。寝返る武将として立つのは、小川祐忠と赤座直保です。史実では、秀秋の急襲に続いて大谷隊へ攻めかかり、戦の後にそろって改易された2人。いちばん名の通った裏切り者を置かず、勢いに飲まれて攻め入り、何も得なかった側を舞台に上げています。

 三成は、寝返りを予期していない造りでした。事が起きてからも呆然と立ち尽くし、その背後で名もない侍が剣を振りかざす。斬られるところまでは見せません。最期まで取り乱さなかったと伝わる史実の三成とは、違う姿で立っていました。

 そして、五助の話です。

 敗色が決まり、五助は吉継から青を剥ぎます。胴を外し、籠手を外し、西軍の色をひとつずつ落としていく。剥ぎ終えて残るのは、緑の羽織だけです。誰でもない誰かにして逃がそうとしている。台詞はひとことも要りませんでした。

 最後に、吉継の話を。

 落ち延びる直前、吉継は目をやられます。それまでは五体満足で、迷いなく斬っていました。そこからは、見えないまま刀を振ります。音と気配だけが頼りで、軌道は揃わず、腰も引けている。それでも刀を手放しません。

 中盤に、三成と吉継の若い日を描く場面があります。何も損なわれていない体が、同じ舞台の上を動いていました。終盤の崩れた振りは、その動きを見た後に置かれています。

 関ヶ原の吉継は、歩けず目も見えず、輿の上から采配を振ったと伝わります。指揮する側にいた人です。この舞台の吉継は、最後まで自分の足で立って、刀を振っていました。史実を取らなかったわけですが、私はそこで目の縁が熱くなりました。

 切腹の場では、その真後ろで呆然とした三成佇んでいます。そこに斬首の刃が迫っています。

手の形だけが残る

 カーテンコールで、唐突に踊りが始まりました。その場から動かず、手の形を次々に変えていく振りです。台詞を取り上げた芝居が、最後に手の形で客席へ話しかけている。そこまで一貫していました。

観るときのメモ

  • 開演前のロビーに謎解きが仕込まれています。私は気づかないまま席に着いてしまいました。早めのお出かけを
  • 客席が2度、赤か青の紙を掲げて筋を選びます。掲げるだけで、声は出しません
  • カーテンコールは2回。2回目は撮影ができました
  • 二度目以降の方にはリピーターチケットがあります

公演の記録

  • 上演形態:非言語演劇。台詞なし、生演奏。約1時間・休憩なしの一幕
  • 楽隊:上手に三味線(佐藤ミッチェル通芳)と笙(中村華子)、下手に太鼓(遠藤元気・領民役も兼務)。いずれも舞台上に姿が見えます
  • 演出:客席通路を使用。後ろ寄りの列でも役者の表情が見える距離です。本編中の演出は日によって変わるとのことです
  • 主なキャスト:大谷吉継=木原瑠生/石田三成=井澤勇貴/湯浅五助=鐘ヶ江洸/徳川家康=廣瀬智紀/服部半蔵=本田礼生/本多忠勝=加藤啓/小川祐忠=冨田昌則/赤座直保=青山郁彦/伊邪那岐=水野美紀/月読=RUSY(ヒューマンビートボックス世界大会で2度の部門優勝。第一弾から続けての出演)
  • 脚本・演出:Fraction Y. Zenith(FyZ)/美術:照井旅詩/音楽:佐藤ミッチェル通芳/照明:関口裕二/殺陣:市瀬秀和/振付:KTR/日舞振付:三咲暁人/衣裳:小野涼子、農本美希
  • 英題:Those Who Stand at the Divide

観る手段

 生の和楽器が両袖から鳴り、役者が客席の通路を走り抜ける1時間です。全席指定で、どの席からも舞台は近くにあります。

 会場へ行けない方には、配信があります。千秋楽の8月16日がTIGET LIVEで生配信され、視聴チケットは4,200円(税込)。見逃しても、23日までアーカイブで追いかけられます。分岐で筋が決まる芝居ですから、千秋楽がどの結末を引き当てるかは、その日の客席にしか分かりません。Blu-rayは会場限定で予約販売中です。

 最新の情報は公式サイトでご確認ください。

おわりに

 1時間、誰も喋りません。それでも誰が誰の側で、誰が誰を庇っているかは、着ているものと立ち位置で分かります。言葉がないから分からないのではなく、言葉がないぶん、ほかのものがよく見えるのだと思いました。

 赤か青か。私は1枚の紙を2度掲げて、片方の結末しか見られませんでした。残りの面を上にするのは、あの客席に次に坐る人たちです。