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満席の札と、空いていた一席
目当ての店に着いて、まず目に入ったのは紙でした。メニューを載せた台の上に、飾り気のない紙が一枚。満席、とだけ書いてあります。
こぢんまりとした店構えですから、そういうこともありましょう。納得はしたのですが、足が動きません。ここを逃せば、また駅前まで戻ることになります。日はもう高く、私は歩きすぎていました。
店のなかで待たせてもらえないだろうか。そんなことを考えて、扉を開けました。
カウンターの端が、ひとつだけ空いていました。
水を一杯、メニューを開く
手前の席では、若い男性が本を読んでいます。その奥に腰を下ろして、水をいただきました。冷たいのを半分ほど飲んで、ようやく息がつけます。
メニューを開きます。この時間であれば、私はたいてい紅茶かカフェラテを頼みます。ところがこの日は、季節のソーダという文字から目が離れませんでした。ふわふわのオムレツも食べたい。カウンターの向こうの店主に、その二つを頼みました。
桃のソーダと、静かな店内
ソーダが来ました。桃です。ミントが二枚、両手を挙げたような格好で突き立っています。炭酸は控えめ。桃も甘ったるさがなく、乾いた喉にすうっと落ちてゆきます。

一息ついたところで、妙なことに気がつきました。さきほど注文した自分の声が、やけに響いた気がするのです。
顔を上げて見回すと、席はおおかた埋まっています。それなのに、聞こえてくるのは囁き声と、カトラリーが皿にあたる音ばかり。手前の男性は、相変わらず本の上に目を落としています。
私はまだ、表にいたときの声で喋っていました。
ようやく届いたオムレツ
ソーダを飲み干してしまいました。次は紅茶か、それともカフェラテか。頼もうにも、店主の姿が見えません。奥でオムレツにかかっているのかもしれません。
次に顔を見せたら声をかけよう。そう決めて、手持ち無沙汰に手元へ目をやると、赤い蓋の大きな果実酒びんが置いてありました。丸い実が幾つも、液のなかに沈んでいます。自家製のものを出しているのだろうと察しました。
やがて現れた店主の手には、オムレツがありました。鮮やかな黄色い姿で、割ると中はとろけるほど柔らかい。
サラダくらいは添えてあろうと思っていたところに、パンと厚いベーコンまで載っています。ベーコンは噛むたびに旨味が滲みました。パンはバターも何もありませんが、焼きたての香ばしさで、端がさくりと折れます。

食べ終えるころには、人心地がついていました。もう一度あの日差しの下へ出るのですから、いま一杯くらいは飲んでおくべきでしょう。カフェラテを頼む声は、今度はこの部屋のものになっています。
エバーグリーンのメモ
- 小田原市本町2-14-9。かまぼこ通り沿い、松原神社の参道に面しています
- 8時から17時まで。月曜が休み
- 朝の時間は席が埋まります。店主がお一人で回されているので、急いでいる日には向きません
- 県西の生産者をめぐって食材を選んでいるのだそうです
- 最新の様子はInstagram(@evergreen_odawara)から
朝から開く理由
この店を選んだ理由は、実のところ大したものではありません。城の近くで、朝から開いている。それだけでした。
その「朝から」のほうに理由があったと知ったのは、あとになってからです。常緑樹のような生き生きとした一日の始まり。それを掲げている店だから、8時に開ける。
外へ出ると、まだ昼前でした。天守閣は、これからです。